城間トフル墓群

城間のトフル墓
城間のトフル墓

概要説明

 城間トフル墓群は、城間集落背後の標高約17mの小丘陵の周囲に、横穴を掘り込んだ9基の横穴墓(トフル墓)で構成されています。奄美大島で「クール」と呼ばれる凝結砂層でできた丘の斜面を横方向に掘って造られています。かつては一族の集団墓として使用されており、奄美市では城間集落だけでなく、その周辺の宇宿集落や和野集落等、北部に多く分布しています。内部は天井高約1.6m、奥行約3.6m、幅約4~5mで、9基とも均一的な構造です。琉球国統治時代から明治時代初期頃まで使用されていたと考えられ、風葬や土葬の後、その骨を取り出して洗い、納骨をしていました(洗骨改葬)。風葬とは、奄美・沖縄地域の伝統的葬法で、遺体を埋めずに安置して骨にする方法です。
 このような横穴墓は、南西諸島では広く確認されており、「トゥール墓」(徳之島・沖永良部島)、「ムヤ」(喜界島)、「ジシ」(与論島)、「フィンチャー墓」(沖縄島)等と呼ばれています。クールではなく琉球石灰岩の岩盤を掘り込んだ墓(岩陰墓、掘り込み墓)も確認されており、風葬を主体とした奄美・沖縄地域一帯で造られていたことがわかります。その中でも城間トフル墓群は、基本的な風葬の形式をもっており、南西諸島における特徴的な葬制を示す墓群の北限にあたる史跡として貴重であるとされ、平成5年(1993)3月24日に鹿児島県指定文化財(史跡)に指定されました。

指定状況

・鹿児島県指定史跡